2022年3月14日に福岡地方裁判所口頭弁論の被告代理人弁護士が読み上げた意見陳述書の内容を紹介します。
令和3年(ワ)第3416号
損害賠償請求事件
原 告 株式会社田中構造設計
被 告 A
福岡地方裁判所第6民事部合議A係 御中
令和4年3月14日
被告訴訟代理人弁護士 甫 守 一 樹
被告第1準備書面の陳述に当たって
1 はじめに
原告の田中構造設計は、被告Aさんのホームページや住民のインタビューについて、実に25箇所(1箇所に複数の指摘があるものもあるので、より細かくは29箇所)の事実摘示等に対し、すべてについて、虚偽だ虚偽だと主張しています。
しかし、田中構造設計の準備書面1を受けてその主張を細かく見れば見るほど、その指摘するところは、真実であるか、若しくは真実であると信ずるについて相当な理由があり、正当なものばかりです。そのことについては、当の田中構造設計も分かっているはずです。分かっているのに、このような裁判を起こしているのです。
田中構造設計の指摘はあまりに多く、これに対する反論のすべてをここでご説明することはできませんので、その対象の1つになっている甲第7号証、「小笹小学校・平尾中学校区の住環境を守るために③」の家屋調査に関する記載(番号18)と擁壁に関する記載(番号22)を虚偽とする、田中構造設計の主張の誤りをご説明します。
2 家屋調査についての記載が正当なものであること
(1) 田中構造設計は説明会で家屋調査を約束していること
原告は、「説明会で住民に約束した近隣家屋の事前調査も行わず」という部分を虚偽と主張しています。しかし、田中構造設計は、説明会で、事前調査を明確に約束していました。
令和3年2月14日の説明会議事録を見てください。この説明会で、クレスト小笹管理組合の理事長が、
「家屋の事前調査は、当然、工事の着工前が初期値となるため、工事着工前に確実に事前調査を行うこと。各戸の部屋の調査は個別に相談して希望する方の部屋は調査する。工事完了後は事後調査を行って工事の影響を確認すること」
と述べたのに対し、田中構造設計の小堀さんは、
「はい」
と明確に返事をしました。
工事着工前に、個別に相談して希望者の部屋は調査する。田中構造設計が、これをクレスト小笹の住民と約束していることは明白です。田中構造設計が、説明会で住民に約束した近隣家屋の事前調査を行っていない、これが真実であることはどう考えても明らかです。
田中構造設計の田中忍社長は、保全事件の審尋期日で、なぜ家屋調査を実施しないのかと問われた際、
「初めはするつもりでいたが、後々の経緯に鑑みて、このような住民の方々とは取引しないことにした」
といった発言をされました。田中社長は、住民との家屋調査の約束を敢えて反故にして家屋調査を行わないことにしたのです。そうであるにもかかわらず、この裁判では約束違反はしていないと強弁しているだけなのです。
(2) 原告主張の不合理性
この点についての田中構想設計のこの裁判における主張は、実に不合理なものです。
田中構造設計は、訴状において、旧家屋解体に際して実施された簡易な外部調査をもって事前調査は実施したと強弁していたのですが、準備書面1では、「原告が必要と判断した家屋調査は実施済みである。原告が周辺住民との間で住民の希望する家屋調査については調査対象が決まって合意をすれば行うとしていたが、住民側で調査対象をまとめるに至らなかったため、他の調査が行われなかったにすぎない。」と主張を加えてきました。
しかし、先ほどご紹介のとおり、2月14日の説明会で、田中構造設計の小堀さんは、個別に相談して希望者に対しては実施すると明確に約束をしています。合意すれば行うとは一切言っていません。田中構造設計は、説明会で約束した事実を捻じ曲げています。
田中構造設計は個別に相談すると言っていたので、住民側で調査対象とまとめる義務などそもそもないのですが、田中構造設計が、この裁判の代理人とは違う弁護士を通じて、5月31日、希望者の名前と部屋番号をまとめて教えろと要求してきました。そこで住民側では、指定された期限より早い6月11日までにとりまとめて回答しました。住民側がとりまとめなかったから調査をしなかったなどという主張は、まったくの誤りです。住民に対する責任転嫁です。
原告は、「当該投稿は、原告が約束を守らない会社…との印象を与えるものであり、原告の社会的評価を低下させる」と主張しています。しかし、住民との約束を守らないことを選択したのは田中構造設計自身です。そうであるにもかかわらず、約束を破ったことを公然と指摘したことが名誉毀損だといって損害賠償を請求する。そんなことがまかり通ってしまえば、企業に対する批判を市民が公然と行うことは、全くできなくなってしまいます。
3 石積擁壁の崩壊のおそれについての記載が正当なものであること
(1) 「石積擁壁が崩壊する恐れがある」
田中構造設計は、「工事の影響で、石積擁壁は大きくはらみ出し、いたるところに亀裂が生じており、石積擁壁が崩壊する恐れがある中、住民は危険と隣り合わせの生活を余儀なくされています」(番号22)というホームページの記載について、訴状では、石積擁壁ははらんでいないし、亀裂はモルタルが剥がれただけで擁壁に亀裂は入っていない、と主張していました。それを修正するということなのか、準備書面1では、「原告が建設しているアイズ小笹マンション敷地の石積擁壁について、崩落する恐れがある」という事実摘示が虚偽であると主張するようになりました。
しかし、石積擁壁が崩落する恐れがあるかどうかという問題は、評価の問題で、証拠上明確に存否を決することができるものではありません。ですから、これは、いわゆる「公正な論評」によって、人身攻撃など意見・論評としての域を逸脱していないかどうかの問題として判断すべきであり、虚偽であると問題視すること自体が誤りです。
田中構造設計が地盤改良工事を始めてから、擁壁がふくらんでいることや、目地に沢山の亀裂が入っていることは、既に提出している写真などの証拠(乙33~35)上明らかに認められます。福岡地裁保全係の小山裁判官からも、「写真ではふくらんでいるように見える」「擁壁がふくらんでいることについて住民の皆さんが不安に思う気持ちは理解できる」という見解が示され、その見解のもとに和解協議が行われました。その場には、田中構造設計の代理人の弁護士もいました。
そして我々は、擁壁がふくらんでいるので危険だと公然と指摘し、田中構造設計を被告にして、アイズ小笹建設の差止を求める訴訟を御庁に提起しています。この裁判における田中構造設計の論理を前提とすると、我々の建築差止訴訟も、名誉毀損で損害賠償責任を負うということになってしまいます。データマックス社のネットIBニュースについても然りです。田中構造設計は、なぜ我々や報道機関ではなく、Aさんのホームページのような市民の表現活動だけを問題視するのでしょうか。
工事が始まると隣の擁壁がふくらんでいるから、倒壊するかもしれない、危険なのではないかと住民が不安に感じること、そんなのは当たり前のことです。そのことを公然と指摘しても違法と認められる余地がないということは、田中構造設計自身、十分分かっているはずです。
(2) チェック項目は工事着手前のものであること
原告の田中構造設計は、この点に関して、「建築確認を得る際に、擁壁については安全を確認するためのチェック項目があり、このチェック項目を満たした上で建築確認もおりているため、擁壁が崩壊するおそれはない」と主張しています。
建築確認を得る際の擁壁についてのチェック項目というのは、福岡市の「既存擁壁外観状況チェックシート」のことです。確かに、建築確認に先立って田中忍社長が令和2年11月28日付で作成したチェックシートでは、本件擁壁について総合点「4.0」となっており、辛うじて「Ⅰ:現状において、緊急に改善を要する異常は見られません」という評価になっています(乙46)。
この中立性のまったくない建築士が作成したという点での信用性の問題はとりあえず措いておくとして、これはあくまでも、工事着工前の評価です。ホームページの当該記載は、工事の着工後に、工事の影響で、擁壁がふくらんだり亀裂が入ったりしているので、崩壊する恐れがあるという意見を述べるものです。ですから、工事着工前の評価は直接には関係ありません。田中構造設計は、関係のない話を持ち出して、危険はないと強弁しているだけなのです。
ちなみに、工事着工後の令和3年6月12日、簑原信樹一級建築士が本件擁壁について「既存擁壁外観状況チェックシート」を作成しています(乙34)。ここでは、総合点は「8点」となって、「Ⅱ:緊急に改善を要する異常が認められます」という評価になっています。擁壁に倒壊するおそれがあるというのは、意見や論評として逸脱しているということは、まったくあり得ません。
4 終わりに~原告の証拠提出がないこと
今回、原告の田中構造設計は準備書面1を提出するに当たって、まったく証拠を提出しませんでした。そもそも、田中構造設計は、被告の多数の表現を虚偽だ虚偽だと主張しながら、虚偽であることを証明するための証拠は、これまで何一つ出していないのです。
一方で、被告は、自身の表現が真実に基づく正当なものであることを証明するために、これまで乙1号証から47号証まで提出しています。
名誉毀損についての判断枠組みにおいて、真実性や相当性は抗弁事由として被告に立証責任が課されることが原因ですが、自らの企業活動について批判する市民のインターネット上の表現を名誉毀損と主張する訴訟において、真実性・相当性の立証の重い負担を市民側に課すということは、本来おかしなことだと感じます。
御庁には、インターネット時代における市民の表現の自由を保障するため、市民側の立証の負担を軽減し、あるいは事実上の立証責任を企業側に転換するような新たな法理を構築していただくことも期待しています。